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 一九九七年にH銀行(H銀)やY証券が経営破綻して、会社の信用が揺らぎました。
H銀はH内では圧倒的な信用と社会的地位を誇る存在でした。
H民に大変なショックを与えたことは言うまでもありませんが、都市銀行で初めての経営破綻ですから一つの社会事件と言えました。
Y社もN証券を筆頭とする四大証券の一角を占めていましたから、多くの人には「まさか」の出来事でした。
 それまでこうしたクラスの大企業はつぶれないという神話がありました。
これが完全に崩れたわけです。
M地所のF会長は「九七年に日本の企業のアンシャンレジーム(旧体制)が崩壊した。
それまでの常識は通用しなくなった」と語っています。
戦後の復興から高度成長、そして石油ショックを乗り切ってきた日本経済は、時代の分水嶺を越えたと言えます。
 戦後、大勢力になった雇用者、つまりサラリーマンの視点から見ると、会社に入り定年まで勤め上げることで完結するはずの生き方が、だいぶ怪しくなったことを意味します。
その後、大企業のいわゆるリストラが相次ぎ、新規学卒者の採用を絞る動きが広がりました。
新卒者にとって進路と言えば「入社」でしたが、そう単純には考えられない事態に直面することになったのです。
 米国の学者、E氏が一九七九年に『ジャパンアズナンバーワン』を書き、日本的経営が大いに賞賛された一九八〇年代と比べると様変わりです。
会社に対する信認は、それまでが高すぎたとも言えますが、一気に低下しました。
 しかし自分でビジネスを起こすにしても、あるいはフリーターとして生きていこうが、会社というものから全く離れることは今や不可能です。
実際には、世界的に企業のパワーは良くも悪くも、かつてなく強くなっています。
日本でも、依然として会社の仕組みを生かしていかなければ経済の活性化はおぼつきません。
 実は九七年の一連の事件は、会社の死を告げるものではなくて、日本の会社原理が大きく転換する始まりを示す号砲だったのです。
同じ株式会社であっても、世界市場の動きとは別に独自の論理で発展できる時代は終わりました。
冷戦終結後、世界は一つの市場に組み込まれ、大競争(メガコンペティション)時代に突入しました。
 かつて護送船団行政という言葉に象徴された政府による規制や保護に適応した企業は、そのままでは新しい現実についていけません。
変化に適応できなかったH銀やY社は、経営破綻という最悪の結果に追い込まれてしまったのです。
戦後ある種の完成を見た日本型の会社の原理は行き詰まりましたが、会社そのものは逆に重要性を増しています。
とりわけ株式会社は基本的に、市場において経済的に富を増殖する仕組みとしては、現在考えられる中で最も有効なものであり存在感を高めています。
 なぜでしょうか。
これから様々な角度から述べていきますが、取りあえず指摘したいポイントがあります。
それは経済活動に伴う「リスク」を引き受けるのに実によくできた仕組みだからです。
 計画経済の社会主義は別として、市場経済では個々の企業が提供する商品やサービスが必ず売れるという保証はありません。
逆に不確実性に満ちているから、他人に先んじて新しい商品やサービスを売り出して、当たれば大儲けできるのです。
 不確かであればあるほど、挑戦のしがいがある。
すなわち「ハイリスク、ハイリターン」です。
リスクが大きいほど、成功すればリターンも大きいというわけです。
単純化して言えば、どうやってリスクを利益に変えるかが、経営なのです。
 会社経営には、景気循環や経済構造の変化などに伴う需要の変動による浮き沈みがっきものです。
もし個人事業だったら、ちょっとした販売不振が命取りになりかねません。
資金が少ないので、すぐに金詰まりになるからです。
一人ではアイデアにも限りがあります。
もし会社組織にして、多くの資本を集め多様な能力を持つ従業員を雇っていれば、多少の変動には耐えられますし、逆にそうした変化をチャンスに変えることも可能です。
 好循環に入り成長軌道に乗った時、会社は本来の威力を発揮します。
市場原理をテコにして、急ピッチで巨大化できるからです。
例えば、T自動車や、S社、M産業、C社などは日本を代表する大企業ですが、いずれも中小企業、中には零細な家内工業からスタートしています。
 海外の例でわかりやすいのは、パソコンの基本ソフトで知られる米国のM社です。
七五年創業ですから、会社の年齢はまだ三十歳になっていません。
ところが株価と発行株式数を掛け算した株式時価総額、つまり平たく言えば会社の値段は、ゼネラルーエレクトリック(GE)に次いで世界二位です。
 米国の経営誌「ビジネスウィーク」二〇〇三年七月十四日号の特集「ザーグローバルー○○○」によると、M社の時価総額は二千六百四十億ドルで、GEの二千八百六十億ドルと競っています。
一ドル=百五円で換算しても二十七兆七千二百億円という驚くべき金額になります。
ちなみにT自動車は八百六十億ドルで二十六位に入っています。
 M社が急成長した原動力は、天才B氏に代表される技術と経営力であることは間違いありません。
それにヒト、モノ、カネの経営資源が、雲がわくように集まり、たちまちパソコンソフトの王国をつくり上げたのです。
 会社、特に株式会社という組織体は、このように事業の急膨張を可能にする不思議な仕掛けです。
株式会社はいわば現代経済を動かす魔法の道具と言えます。
旧共産圏諸国が会社の育成に躍起になったり、多くの国が海外からの企業誘致に力を入れたりするのは、企業が経済発展の鍵を握っているためです。
 しかし微妙なバランスで成り立っていますから、この魔法の道具は扱い方を誤ると、あっけなく壊れます。
そこに経営の妙味と奥深さがあるのです。
経営の神様と呼ばれた、M産業の創業者、M氏は「経営は生きた総合芸術である」(『実践経営哲学』P出版)と言っています。
と同時に、経営は科学でもあります。
様々な見方ができるわけですが、興亡を繰り返しながら急成長する企業のダイナミックな姿をもう少し見ていきましょう。
 M社を例にすると、創業者のB氏が七五年にH大学を中退して子供時代からの親友P氏と会社を起こした時は、数多あるベンチャービジネスの一つにすぎませんでした。
海のものとも山のものとも知れなかったわけですが、最大の転機は、八一年に同社が開発したパソコン用基本ソフト「MS‐DOS」を、I社が自社のパソコンに採用したことでした。
 振り返れば、これは二十世紀末から急激に台頭した情報技術(IT)産業のその後の勢力図を決める歴史的事件でした。
I社は言わずと知れた大型コンピューターの巨人で、米国を代表するハイテク産業のリーダーとして君臨していました。
もっとも同社も肉挽き機などを祖業とする小企業から出発しているわけですが、それはさて置き、同社が当時出回り始めたパーソナルコンピューターを発売しようとした時のことです。
 コンピューターは演算装置や記憶装置などのハードウェアと、それを動かすオペレーティングーソフト(OS)で構成されています。
I社は初めて製造するパソコンのソフトを自前で開発せずに、外部から調達する道を選びました。
そして白羽の矢を立てたのがM社のMS−DOSでした。

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